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エジプトには数えきれないほどの古代遺跡があります。旅行でエジプトを訪れるなら、事前に遺跡についての予備知識を身につけておくと、現地での観光が何倍も楽しくなりますよ。テレビでもよく古代エジプト特集が放送されたり、古代エジプト展が開催されたりするので、良く知っているという人も多いかもしれませんが、今回はピラミッド編として、有名ないくつかのピラミッドにフォーカスを当ててご紹介したいと思います。
3大ピラミッド/ギザ
ギザの3大ピラミッドは、ピラミッドの中でも世界一有名と言えますね。エジプトの首都カイロの西、ギザという場所にあります。3つのピラミッドが並んでいて、大きい方から順に、クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、メンカウラー王のピラミッドです。この大きさ順は建造された順番とも同じで、クフの子がカフラー、その子がメンカウラーです。
これらのピラミッドが建てられた古王国時代は、王であるファラオの権限が非常に大きく、王は神の化身として崇められていました。時代を追うごとにサイズが小さくなっていくことから、王の権力が徐々に弱まっていったとも考えられています。
ピラミッドの内部には、王の玄室に大回廊、女王の部屋、重量軽減の間などが見つかっています。実際に中に入ると、中腰で進まなければならないような狭い通路もあり、蒸し暑くて正直あまり快適とは言いにくいですが、せっかくなら入ってみるのがおすすめですよ。
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ジョセル王の階段ピラミッド/サッカラ
ギザから南へ約10kmの場所にあるサッカラ、ここにもピラミッドが残されています。その中でも有名なのがジョセル王の階段ピラミッドです。これは史上最初のピラミッドとも言われ、古代エジプトにおけるピラミッド建設の始まりとなりました。
それまでは石の建造物はほぼなく、墓は日干し煉瓦で造られるマスタバと呼ばれるものでした(もちろん階段状ではなく、一段だけ)。階段ピラミッドも当初はマスタバの予定でしたが、拡張を繰り返した結果、マスタバを6段も積み重ねた形になったのだそうです。この階段ピラミッド以降、歴代ファラオによって次々にピラミッドが造られるようになりました。
また、階段ピラミッドは周りに葬祭殿や王宮、セド祭の神殿などが付属したピラミッド・コンプレックス(複合体)とされています。
セド祭というのは王の即位30年目から行われる、王が走り回らなければならない面白い儀式。
国土に見立てた場所を王が走り回ることで、王に活力があることを証明し、さらに形式的な王の死と再生を表す意味もあります。普段崇められている王が必死に走る様子を想像すると笑ってしまいそうですね。そんなセド祭で王が走る時に使われた標石が、中庭に「B」のような形で残っているので、ぜひ探してみてください。
ウナス王のピラミッド/サッカラ
サッカラは階段ピラミッドの他にもテティ王のピラミッドやいくつかのマスタバなど、見どころの多いエリアで、さらにギザのピラミッドやアブー・セールのピラミッド、ダハシュールのピラミッドなどが一望できる絶好のピラミッドスポットでもあります。そんなサッカラにある近年注目の遺跡がウナス王のピラミッドです。
ウナス王のピラミッドは古王国時代のピラミッドの中で最も小さく、崩れかけて瓦礫の山のようになっていて、中に入るのは危険とされていました。しかし、嬉しいことに2016年、20年ぶりに内部が一般公開されました。そのおかげで、世界最古のピラミッドテキストや、天井に刻まれた夜空の星を見ることができます。壁一面、天井にまでびっしりとヒエログリフが刻まれた様子は壮観です。サッカラに行くならぜひ立ち寄ってみてください!サッカラは遺跡が多いですが、点在していて個人ではまわりにくいので、ツアーを利用するのがおすすめです。
屈折ピラミッド/ダハシュール
サッカラのさらに南、ダハシュールにはピラミッドが3つ残されています。そのうちのひとつが屈折ピラミッド。これは一般的なピラミッドの三角錐に近い形ですが、途中で角度が変わっているのが特徴です。この屈折ピラミッドは高さ105mで、ちょうど半分くらいから上は、傾斜が緩くなっています。
これは、傾斜が急すぎて建設途中でひびが入り、構造が不安定になったからという説が有力です。傾斜を緩くして上に積む石を減らし、重さを軽減させたという訳ですね。同じ時期に同じ工法で造られていた他のピラミッドが崩れた為、途中から工法を変えたとも言われています。
他に、このピラミッド建設を命じたスネフェル王が急死したことが原因とする説もあります。どうしてこんな奇妙な形になったのか、考えてみるのも楽しいですね。さらにこのスネフェル王の子供が、最大のピラミッドを建てたクフ王。こうして徐々にピラミッド建設の技術が高まっていったこともわかりますね。
赤ピラミッド/ダハシュール
ダハシュールにあるもう一つの必見ピラミッドが赤ピラミッドです。まさに、見た目が赤っぽい色の石が使われているという理由です。名前の付け方は見た目によるものばかりですね。とはいえ、当時は表面に化粧石が載せられていたので、きっと赤くはなかったのでしょうが、現在は化粧石ははがれ、中の赤茶色の石(トゥーラ産の石灰岩)が見えています。屈折ピラミッドやメイドゥームにある崩れピラミッドの失敗を活かして、傾斜角度や工法を変えて作ったとされています。
高さは105mで、エジプトのピラミッドの中で3番目に大きく迫力もあります。しかもギザエリアと違って観光客が少ないので、この壮大なピラミッドを独り占めできる可能性も高いですよ。内部に入ることもできますが、階段が急なので、足腰に自信のない人は気合を入れていった方が良いかもしれません。
崩れピラミッド/メイドゥーム
ここまでに何度か登場した、屈折ピラミッドや赤ピラミッドの建設に役立った崩れたピラミッドというのが、メイドゥームにある崩れピラミッドです。
見た目はピラミッドというより台形の塔のような何か・・・。当初は階段ピラミッドとして造られ、それを拡張して最後に化粧石を載せて外装を施したが、外装が滑り落ちて階段ピラミッドの部分がむき出しになった、あるいは未完成で放置されたなどと考えられています。見た目はピラミッドらしくないですが、崩れているお陰で当時のピラミッドの建設方法を知る大きな手掛かりにもなっています。
この崩れピラミッドもクフ王の父であるスネフェル王が建設したか、スネフェルの父フニ王が建設を始め、スネフェルがそれを拡張したと言われています。スネフェル王は屈折ピラミッドや赤ピラミッドも含めて、多くのピラミッドを作り、ピラミッド建設に使った石の総体積は歴代ファラオで最大とされています。これ以降に巨大なピラミッド建設がピークを迎えるので、スネフェル王の時代にピラミッド建設の基礎が作られたと考えられますね。