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旅の途中、なにかを見て圧倒された瞬間の事は記憶の中で色濃く残ります。難しい歴史背景や知識が無くても勿論楽しむことはできますが、旅に出る前に旅の序章として建築家の思いや、作品を作られた人の生き方など、本でも映画でも、YouTubeでも、なにか自分の中で消化してから実物を見ると、また違う思いや充実感、達成感を得ることが出来ます。いくつになっても学びはとても楽しいものです。今回はそんな大人の社会科見学にお勧めな、世界の芸術をご紹介したいと思います。
フランス/シャルトル大聖堂・ヴェルサイユ宮殿
パリのモンパルナス駅から列車で約1時間、 シャルトル大聖堂はフランス国内において最も美しいゴシック建築のひとつと考えられている大聖堂で、1979年にユネスコの世界遺産にも登録されています。シャルトル大聖堂の見どころはまず、その外観にあります。最初はロマネスク様式で建造されましたが、幾度かの火災に見舞われ、13世紀に入りゴシック建築の建造物として再建されました。その為大聖堂の正面は左側(北塔)がゴシック様式で複雑な装飾が施されていて、右側(南塔)はシンプルなロマネスク様式が見られます。対照的な二つの尖塔はとてもユニークで見る者を惹き付けます。そして「シャルトル・ブルー」と呼ばれる美しい青のステンドグラス。建造当時、ステンドグラスは文字が読めない人々のために、聖書に書かれた物語を伝える役割があったと言われています。人々が魂の安息を求めた大聖堂は今も変わらず訪れる人を魅了し続けています。
パリ郊外に位置するヴェルサイユ宮殿は、ルイ14世が建造したバロック式の宮殿で 「世界一豪華な宮殿」とも言われています。フランス絶対王政の象徴的建造物で、1979年には宮殿と共に庭園がユネスコの世界遺産にも登録されました。宮殿には贅の限りを尽くしたありとあらゆる装飾が施され、長さ73メートルの「鏡の回廊」など様々な見どころがありますが、最もその美しさを感じるのが対称的な外観です。世界にはヴェルサイユ宮殿をお手本にした宮殿が数多くあり、オーストリアのシェーンブルン、スゥーデンのドロッドニングホルム、ドイツのサンスーシ、イタリアのカゼルタ、日本国内だと赤坂迎賓館などが挙げられます。似ているところや、オリジナルな場所など比較しながら建築を眺めるのもまた面白いのではないでしょうか。
バチカン(ヴァチカン)市国/ヴァチカン美術館
バチカン市国はイタリアのローマの中にある都市国家で、ローマカトリック教会の総本山です。ローマ教皇が住む国であり、ローマを訪問した際には是非とも足を運んでいただきたい場所です。収蔵品は素晴らしい物が沢山ありますが、それ以外にもヴァチカン美術館出入り口近くにある二重螺旋構造という珍しいつくりの階段は必見。ふたつの螺旋が出会うことなく組み合わさっていて、下に行くほど螺旋の直径が小さくなっており、まるで巻き貝を逆さにしたような形。階段自体がアートと言えるでしょう。
実は、日本の福島県にある「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)・別名会津さざえ堂」という二重螺旋構造の木造の仏堂建築があり、こちらも興味深い建築物です。追及していくと螺旋つながりでいろいろな建物と繋がっていくので広がりを楽しむことが出来ます。
インド/階段井戸
乾季に雨量の少ないインドでは、安定して水を得るために地下水をくみ上げてくる必要がありましたが、地下水にたどり着くにはかなりの深さまで掘り進まなくてはならず、結果として階段が井戸の底まで延々と続いていく形となりました。それがインド各地に階段井戸が作られた理由です。規則的に配置された階段井戸は幾何学模様を描きだし、不思議な魅力を持っています。
インド国内には沢山の階段井戸がありますが、その中でもチャンドバオリは9世紀に建造されたインド最大級の階段井戸です。場所はタージ・マハルのあるアグラと、ピンク色に染まる旧市街が美しいジャイプールの間に位置しているので、車での移動時に世界遺産ファテープル・シークリーとあわせて訪れるのが良いでしょう。
その他にも、西インドの都市アーメダバードにある階段井戸ダーダハリも5層、8角形の造りで非常に神秘的な場所です。
ドイツ/ベルリンの壁・ムゼウムスインゼル
かつてドイツが西ドイツと東ドイツの2つに分かれていたことは今では歴史の一部として捉えられていますが、私にとって、子供の頃テレビで見たベルリンの壁の崩壊(1989年11月9日)のニュースは今もなお衝撃的な事件として鮮明に覚えています。
冷戦の象徴であったベルリンの壁は、世界各国の118名のアーティストが絵を描いたオープンギャラリー(イーストサイド・ギャラリー)として保存されています。
こうした歴史の転換点となった場所に訪れることは、悲しい歴史を二度と繰り返さないためにも大切なことだと思います。
また、世界遺産の博物館島(ムゼウムスインゼル)も外せない場所です。シュプレー川の中州に浮かぶ島に「ペルガモン博物館」「新博物館」「旧ナショナルギャラリー」「旧博物館」「ボーデ博物館」の5つの博物館・美術館が集結しており、展示作品とあわせて、新古典主義様式の外観の美しさが高く評価さているカール・フリードリヒ・シンケルの設計の旧博物館など、各博物館の外観も注目して見学するのがお勧めです。
パレスチナ/バンクシーの壁画
バンクシーは、ロンドンを中心に活躍し、ステンシルを駆使した社会風刺的グラフィティアートを神出鬼没的に描く、今世界で最も注目を集めるストリートアーティストの1人です。本名をはじめとしてプロフィールは明かされておらず、世界各地に現れては絵を描き上げ、誰にも気づかれず知らない間に立ち去ることから、「芸術テロリスト」とも呼ばれています。
2018年、オークションで落札された直後に作品がシュレッダーで裁断されるという前代未聞のニュースが全世界を駆け巡ったのは、まだ記憶に新しいのではないでしょうか。
キリスト生誕の地として知られるベツレヘムは、市街にもいくつかのバンクシー作品が現存しています。世界中から巡礼者が集まる一方で、イスラエル人とパレスチナ人居住区を隔てる巨大な分断壁がそびえ立つ場所でもあります。
【花束を投げる男】はバンクシーの作品の中でもっとも有名な絵の一つで、覆面姿で武器を投げつけようとしている少年の手には花束が握られています。火炎瓶の代わりに花束が描かれたこの絵は、武器では無くアートで現状を変えていくという、平和への祈りのメッセージが感じ取れる作品です。(2003年)
バンクシーについては肯定的な意見も、否定的な意見もありますが、一度目にすると強烈な印象を与えてくる作品に強いパッションを感じます。
フィンランド/アルヴァ・アアルトの世界
1898年生まれアルヴァ・アアルトは 20世紀のフィンランドを代表するモダニズム建築家。作品は建築から家具、ガラス食器など日用品のデザイン、絵画と多岐にわたります。フィンランド国内ではアアルトの残した多数の作品に触れる事ができます。建築はその建物の耐久性から、いつまで現存できるのか分からない作品なので、今この時代にアアルトの作品を写真や復元では無く自分の目で見ておくことを強くお勧めします。
フィンランドの首都ヘルシンキにある作品の一部を下記にご紹介します。
・フィンランディアホール
・レストラン・サヴォイ(内装)
・文化の家
・アアルトの自邸/アトリエ
・アカデミア書店(2階にアアルトのデザインした家具を使用したカフェ・アアルトがあります)
アアルトとはフィンランド語で「波」を意味します。代々、林務官を務める家系に生まれたアアルトは、フィンランドの風景から色や形のヒントを得て、自然との深いつながりを持った作品を残しました。生まれながらに功績を残すべく付けられた名前なのではと思えてなりません。
スペイン/フランクゲイリーの世界
フランクゲイリーは 1929年生まれアメリカ合衆国のロサンゼルスを本拠地とする、カナダ・トロント出身のポーランド系ユダヤ系カナダ人の建築家です。92歳(2021年現在)なった今でも「仕事が大好きだ引退の仕方がわからない」と生涯現役を貫く奇才です。彼の創り出す作品は斬新で、遊び心があって、とても楽しい気分にさせられます。建築は芸術なので建設費用に巨額な費用がかかるのはしょうがないと私自身は思っていたのですが、ゲイリー氏の『作品を予算内に収めるのも大好きだ。』というインタビュー記事を読み、クライアントとのやり取りさえもゲームのように楽しんで作品の為に知恵を出す、その姿勢がたまらなくカッコいいと思いました。
彼の代表作ビルバオにあるグッケンハイム美術館は1997年ニューヨークに本部を置くグッケンハイム美術館の分館として作られました。動きのある特徴的な曲線は平坦な部分がまったくないとされるほど複雑な構造で、まるで建物が踊りだしているかのようにみえます。この優れた建築は、ビルバオという都市の価値までも大きく高め、「ビルバオ効果」という言葉まで生まれました。合理主義の建築と言われる現代建築(モダニズム建築)が浸透していた建築界にとって、ゲイリーの計算された奇想天外な作品は、今後100年間の建築の流れを変えると言っても過言ではないと思います。
イギリス/ノーマンフォスターの世界
グレートコートは、1935年生まれのイギリスの建築家ノーマンフォスターの作品の1つです。
2000年に大英博物館の元図書館の書庫を取り払い、円形閲覧室を屋根付きの中庭として設計されたグレートコートは、ガラス屋根の開放的な明るい空間をつくることで、博物館内の動線がスムーズになるように建築されました。
彼は「建築は芸術と科学の融合」を唱え、コンピューター設計を中心にそのハイテクな技術を駆使。歴史的な建造物にハイテク美と明るいイメージを付与して、環境に配慮しながら再生する手法が高く評価されています。例えばロンドンの新市庁舎(シティホール)はエネルギー消費を抑えるために、エコに考慮しガラス張りでユニークな形をしていたり、同じくロンドンの金融中心地に立つ30セント・メリー・アクス(通称ピクルスに使用する小さいサイズのキュウリを意味するガ―キンと呼ばれています)は同等のタワービルが一般に消費するとされる電力の半分の使用で補えるように、省エネルギー技術が採用されていて、建築物自体が環境を整えるという大変興味深い建物です。
2018年には、まるで魔法のような技術をテーブルウェアにも生かし、デンマークのステルトンから「フォスター」というシリーズも発売。常に新しい事に挑戦し続けています。2021年3月現在85歳となる今もなお活躍する姿は生きるレジェンドです。
最後に(まとめ)
いかがでしたか?建築家って生涯現役の方が多く、とてもパワフルな人が多いですよね。世界中を旅すると、日本人の建築家丹下健三さん、黒川紀章さん、安藤忠雄さん、隈研吾さんなど、沢山の建築家の作品にも出会え、海外で日本人が評価されている事にとても誇らしい気持ちになります。歴史的な建築物、近代建築物、日本人の建築家と知れば知るほど繋がりがみえ、旅の充実感を高めてくれます。是非作品を通して新しい旅の喜びを増やしてみて下さい。