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牧歌的な丘陵地帯に糸杉が連なる風景。まるで夢のように美しく、それでいてなぜ懐かしいようにも感じるオルチャ渓谷。
その美しさはルネサンス期の画家たちにも多大なインスピレーションを与えて、2004年にはその景観と文化的な価値が認められ世界遺産にも認定されました。
オルチャ渓谷にはピエンツァ、モンタルチーノといった中世から続く歴史深い街もあります。1つ1つの街が美しく、それぞれが宝石のような輝きを放つ訪れるべき価値のある街です。のどかな風景の中にぽつんと佇む中世の街並みは、神秘的な美しさを放っています。
オルチャ渓谷の楽しみはそれだけではありません。オルチャ渓谷ではアグリツーリズモでの滞在が一般的になっています。
この記事ではトスカーナ地方でアグリツーリズモに泊まるべき魅力について、100ヵ国旅した橋本が紹介いたします。
アグリツーリズモとは?
最初にアグリツーリズモについて簡単に説明しましょう。
アグリツーリズモとは、イタリア語で、「AGRICOLTURA(農業)」と「TURISMO(観光)」の2つの言葉を組み合わせた言葉です。1960年代にイタリアのトスカーナ州で生まれ、1985年にアグリツーリズモ法が制定されました。この形態は、忙しい日常から一時的に離れて、自然豊かな農村での農業体験、自然体験、文化交流を楽しむための宿泊体験を指します。
1960年代のイタリアでは、農村から都市部への人口流出が進み、特に地方の農家は、家族で農業を営むことが一般的で、広大な土地や建物を持て余す状況にありました。地方の過疎化や高齢化が社会問題となっていく中、この問題への一つの解決策として考えられたのが、「アグリツーリズモ」でした。
「アグリツーリズモ」という言葉から、多くの人々は農業体験ができる宿泊施設をイメージするかもしれません。しかし、現在では農業体験が必ずしもセットになっているわけではありません。実際、プール付きの大きな邸宅で夏のバカンスを楽しむために訪れる欧米からの観光客が増えています。
現在、イタリア国内だけでも約2万軒のアグリツーリズモが存在し、特にトスカーナ地方にはイタリアのアグリツーリズモの5分の1が集中しています。オルチャ渓谷の美しい景観を守るために、近代的なホテルは一軒も存在せず、アグリツーリズモが主流の宿泊施設となっています。
さらに、アグリツーリズモはイタリアにとどまらず、世界中に広がっています。そして、「スローフード」、「サスティナブル」、「SDGs(持続可能な開発目標)」などのキーワードとともに、私たちの生活にも身近な存在となっています。
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アグリツーリズモの魅力①地産地消の美味しい食事
アグリツーリズモの魅力は、何と言っても「食」にあります。
アグリツーリズモでは、自然に囲まれた大地で生活する農家や酪農家が、オーナーとしてゲストを迎え入れています。そのため、アグリツーリズモで提供される食事は格別です。新鮮なまま提供される野菜や果物、オリーブオイル、チーズ、そして芳醇なワインなど、素材そのものの美味しさが際立つ新鮮な食材と、トスカーナの伝統的なレシピが組み合わさり、五感を満たし、旅の思い出に残る食事となります。
また、イタリアは中世の地方分権の時代が長かったため、各地域で独自の名物料理や伝統料理の文化が根付いています。アグリツーリズモを訪れれば、本当のイタリアンフードを味わうことができます。ただし、全てのアグリツーリズモ施設が夕食を提供しているわけではないため、訪れる際には事前に確認することが重要です。夕食を提供しているアグリツーリズモ施設は、全体の60%程度だと言われています。
今回私は夕食を用意してくれるアグリツーリズモをチョイスしました。
これが大正解。一般的な家庭料理を想像していましたが、実際はちゃんとしたフルコースの料理で驚かされました。
ワインで乾杯した後に登場したのは、トスカーナの名物「ピチ」のボロネーゼ。ピチは手打ちの太麺パスタのことで、ソースには産地ブランドIGP認定のキアニーナという希少な牛の肉が使用されています。パルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりとかけていただきました。トスカーナのパン「パーネ・トスカーナ」と一緒に食べるとさらに美味。塩やバターを使わない、素朴な味わいのパンは、どんな料理にもぴったりでした。
その後に出てきたのは、トスカーナの高級豚であるチンタセネーゼを使ったスカロッピーネ。スカロッピーネは、白ワインやハーブで風味づけされ、オリーブオイルで焼き上げられた地元の料理です。口当たりが柔らかく、香ばしくてジューシー。イタリアの北部は生ハムやビステッカ(ステーキ)など肉料理が有名な地域で、美味しい肉の名産地でもあります。
最後には、チョコレートムースのデザートとカプチーノが登場しました。素晴らしい食事の余韻に浸ることができ、心も身体も大満足の夕食でした。
アグリツーリズモでは、忙しいレストランとは違い、宿泊施設へのゲスト数が限られているため、ゆっくりと美食を楽しむことができるのも魅力の一つです。
アグリツーリズモの魅力②自然環境
アグリツーリズモで特筆すべき点は、その自然環境にあります。
特にトスカーナのオルチャ渓谷は、その美しい景観が世界遺産に認定されるほどで、そこで過ごすひとときはまさに身体の芯からリラックスできます。青々とした丘陵、広がるブドウ畑、古代のオリーブの木々が風に揺れ、まるで絵画のように鮮やかな風景が広がっています。朝は鳥のさえずりに目を覚まし、夜には満天の星空が広がります。昼間は自然の息吹を感じながら、散策やサイクリング、ピクニックを楽しむことができます。
景観やのんびりとした旅行に興味がない方でさえ、イタリアの定番観光地であるローマ、フィレンツェ、ベネチアを訪れた後は、アグリツーリズモでの穏やかな環境がまるで別世界に感じられることでしょう。
私が訪れたアグリツーリズモも、自然環境が大変すばらしい場所にある一軒家でした。
小高い丘のてっぺんに建つこのアグリツーリズモからは、オルチャ渓谷を360度見渡すことができました。青い空が広がり、地上に広がる糸杉の並木道と緑の丘が、どこまで続いているのか分からないほど美しい景色を形作っています。遠くにはモンタルチーノの中世の街並みが見え、すでに美しい風景を一層ロマンティックなものにしています。このアグリツーリズモでは巨大なスケールの大自然を限られたゲストで独占できるため、ハネムーンや家族旅行にも最適です。
1泊でもアグリツーリズモの素晴らしさを十分に楽しむことができますが、余裕があれば2泊、3泊して、のんびりと過ごしたいと思わせる場所でした。
アグリツーリズモの魅力③ローカルの人々とのふれあい
せっかく海外旅行に行くなら、現地のローカルの人々と交流することが醍醐味です。しかし、イタリアの人気観光地は世界中から多くの観光客が訪れる場所ばかりで、周りは観光客で混雑しています。したがって、そうした場所のレストランやホテルに行っても、私たちは単なる海外旅行者の一人に過ぎません。
それに対して、アグリツーリズモに宿泊すれば、オーナーのファミリーと交流する機会が必ず訪れます。イタリア流のおもてなしを受けながら、現地の文化や習慣に触れることができるのです。こうした体験を通じて、観光地では得られない深い人間関係を築くことができ、より充実した旅行となるでしょう。
とはいえ、我々日本人の多くはイタリア語はもちろん、英語にも自信がない方が多いでしょう。
そのような方におすすめなのは、日本語アシスタント付きのツアーでアグリツーリズモを訪れる方法です。主要都市如フィレンツェからトスカーナの小さな村まで効率よく巡りながら、1泊2日や2泊3日でアグリツーリズモに滞在することができます。オーナーからは、コーヒーメーカーやガスコンロの使い方はもちろん、ちょっとした世間話や、おすすめの過ごし方なども教えてもらえるでしょう。
日本から遠く離れた異国の地での心の交流は、この旅行を非常に豊かで思い出深いものにしてくれるはずです。
アグリツーリズモの魅力④地域ならではアクティビティ
アグリツーリズモに滞在するなら、その土地ならではの体験をお楽しみください。
トスカーナ地方では、牧場やワイナリーの見学、オリーブの収穫など、イタリア有数の美食の産地ならではのアクティビティが充実しています。特にワインの歴史は深く、ブドウ栽培に適した気候と土壌に恵まれ、「ブルネッロ」や「キャンティ」といった、イタリアの格付けワインの代表的な産地としても有名です。
また、美しい丘陵地帯や広大な自然の中でハイキングやサイクリングを楽しんで、爽やかな汗を流すことも人気の過ごし方です。アグリツーリズモの環境は自然に囲まれており、訪れる人々にアクティブで楽しい時間を提供してくれます。
そしてトスカーナ地方の美しい小さな村々に訪れないわけにはいきません。
その中でも「トスカーナの小さな宝石」と称されるピエンツァは、その美しさから世界遺産に指定された小さな街です。この街出身のピウス2世はローマ教皇に選出された際、自らの故郷を理想郷にするため、ルネサンス期の著名な建築家ベルナルド・ロッセリーノを呼び寄せ、趣向を凝らした多くの建造物を残しました。
ピエンツァ以外にも、モンタルチーノやモンテプルチャーノなど、14世紀から15世紀にかけて栄華を誇ったトスカーナの村々は、ルネサンス文化が花開いた時代の美しさを今に伝え、多くの旅行者を魅了し続けています。
アグリツーリズモの魅力⑤多種多様な宿泊施設
トスカーナのアグリツーリズモは、個性的で魅力的な宿泊施設が数多くありますので、目的に合ったものを選ぶのが良いでしょう。
オリーブ畑やワイナリーに訪れたいのであれば、オリーブ農家やワイナリーのアグリツーリズモが最適です。また、動物とふれあいたい方には牧場を経営している施設があります。家族旅行やハネムーンでのんびり滞在したいのであれば、一軒家貸し切りのプライベート感のあるアグリツーリズモも人気があります。それぞれの施設でトスカーナの風景や文化を満喫することができ、素晴らしい体験となることでしょう
アグリツーリズモは、ホテルとは異なり、農村の大きな邸宅の一部を宿泊施設として利用するため、1つとして同じ施設がないのが特徴です。オーナーの好みや個性が溢れているのも、アグリツーリズモの魅力の一つです。
私が宿泊したアグリツーリズモは、たまたま他のゲストがいなかったため、貸し切り状態でした。オーナーはゲストとは別のお屋敷に住んでいるため、オーナーに気を使うこともなく、雄大なオルチャ渓谷の眺めを独占できました。オルチャ渓谷から眺めた真っ赤な夕陽は、今でも最高の思い出です。
ただし、裏を返せば、実際に訪れてみるまでアグリツーリズモの様子がわからないことが多い、とも言えます。また、長期滞在しか受け付けていない宿も多数ありますので、アグリツーリズモの魅力を存分に楽しむには、日本人に評判の良い施設を選ぶのが失敗しないコツと言えるでしょう。現地に詳しい専門の旅行社をチョイスして、自分のニーズに合ったアグリツーリズモを選ぶことが、充実した滞在を楽しむコツです。
アグリツーリズモへのアクセス
このように素晴らしい魅力があふれるアグリツーリズモですが、唯一の欠点はそのアクセスの難しさです。
これはアグリツーリズモの大部分が、素晴らしい景観の中にポツンとある邸宅を利用しているためで、その自然環境の良さと引き換えに、容易にアクセスできないことが一因です。
欧米からの観光客は、レンタカーを利用してトスカーナ地方を旅することが一般的です。しかし、日本人にとっては、海外での運転は事故などのリスクを考えるとハードルが高いのが難点です。万が一、事故に巻き込まれてしまい、せっかくの旅行が苦い思い出になってしまっては、元も子もありません。
費用を抑えて安価にアクセスするなら、街から近いアグリツーリズモを選ぶのが良いでしょう。フィレンツェやシエナなど比較的大きな街から、ローカルバスが発着する小さな街から徒歩圏内のアグリツーリズモもいくつか存在します。
しかし、本当にお勧めしたいのは、360度見渡す限りの丘陵地帯に囲まれた、美しい景観が臨めるアグリツーリズモです。喧騒から離れたアグリツーリズモは、専用車をチャーターしなければ、アクセスは難しいかもしれませんが、その景観や環境の美しさは、訪れる価値があると断言できます。自然に囲まれ、静寂の中で贅沢なひとときを過ごすことができるアグリツーリズモは、トスカーナの真の魅力を味わう絶好の場所です。忙しい日常を忘れ、美しい景色と静かなひとときを楽しむことができるでしょう。
まとめ
いかがでしたか?
今回は、アグリツーリズモの魅力と泊まるべき理由について紹介いたしました。
魅力その1 地産地消の美味しい食事
魅力その2 自然環境
魅力その3 ローカルの人々とのふれあい
魅力その4 地域ならではアクティビティ
魅力その5 多種多様な宿泊施設
忙しい日本人の方にこそ、アグリツーリズモを通じて、イタリアの美しい田舎の生活を体験し、豊かでかけがえのない日々を過ごしてほしいと心から願っています。