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美味しい食事とワインに舌鼓を打ち、壮大な大自然や悠久の歴史ロマンを感じられる国、イタリア。
ローマやベネチア、ミラノといったイタリアの有名な観光地も魅力的ですが、定番の場所へはすでに訪れた方も多いでしょう。また、近年はオーバーツーリズムの問題もあり、どこに行っても観光客で混雑している場所は避けたいと考える方もいらっしゃると思います。
そんな方におすすめしたいのが、イタリアの北中部に位置する「エミリオ・ロマーニャ州」と「トスカーナ州」です。
どこまでも続くかのような丘陵地帯に広がる石造りの街並み、そして遠くまで続く雄大な景観は、どこか懐かしさを感じさせます。ここでは、日常の喧騒から離れてリラックスした時間を過ごすことができます。
この雄大な自然と、長い歴史に培われた人々の知恵が生み出した本物の食材を味わえば、その場所への愛着が一層深まることは間違いありません。
この記事では、世界100ヵ国以上を旅してきた「旅のプロ」として知られる橋本が、コロナ禍を乗り越えて2023年9月に訪れたエミリオ・ロマーニャ州での美食の旅についてレポートします。
チーズの最高峰『パルミジャーノ・レッジャーノ』
パルミジャーノ・レッジャーノは、イタリアの食卓に欠かせない存在です。レストランでパスタを注文すると、パスタと一緒に削られたパルミジャーノ・レッジャーノが小皿に添えられて運ばれてくる光景をよく目にします。ふんわりとしたパルミジャーノ・レッジャーノも美味しいですが、荒く砕いて食べるのもまた一興。ワインのお供に最適です。
ただし、イタリア人にとっては欠かせないチーズであっても、その製造方法は決して簡単ではありません。
搾りたての生乳を使用するため、チーズ作りは朝5時から始まります。前日から一晩寝かせた牛乳の上澄みと搾りたての牛乳を混ぜて攪拌します。ちなみに、一晩寝かせた牛乳を使うため、毎日365日、欠かすことなく作業が必要だと言われています。沈殿した固形物を布で引き上げ、ステンレスの枠に入れて成型します。そして、風味付けと発酵のために、濃度25%の塩水に20日間浸した後、倉庫内で乾燥と熟成の過程に入ります。
最低熟成期間は12ヶ月。この期間を過ぎると、専門の検査官がハンマーでチーズ内に空洞ができていないかを検査します。見事に合格したチーズだけが、栄誉ある刻印を身に刻むことができるのです。さらに、熟成期間によって、チーズの風味や味わいに深みが増し、工場内には2年や3年、長期間熟成されて出荷を待つチーズも多く存在します。
工場見学の後は、お楽しみのテイスティング。熟成期間が異なる3種類のチーズとリコッタチーズが運ばれてきます。私が特に驚いたのはリコッタチーズです。リコッタチーズは生成過程で生じたホエーを再加熱して作ったチーズで、言わば豆腐でいうおからのような存在ですが、温かい出来立てのリコッタチーズは、チーズとは思えない、ほんのり甘いやさしい香りが口の中に広がります。
試食の後は、気に入ったチーズを直売所で購入できます。価格も手ごろなものから高級なものまで幅広くラインナップされており、お土産にも最適です。ちなみに、日本でも一般的な粉チーズに「パルメザンチーズ」という名前がついていますが、これは完全に別物です。12ヶ月の熟成期間や厳格な生産方法を経て、この特定の地域で作られたチーズだけが正式に「パルミジャーノ・レッジャーノ」として名乗れるのです。
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イタリアのコーラ? 赤いスパークリングワイン『ランブルスコ』
エミリオ・ロマーニャ州の特産ワインといえば、世界的に珍しい赤いスパークリングワイン「ランブルスコ」があります。ランブルスコは、ランブルスコ種のブドウを使って作られる天然発泡性のワインです。フルーティーな味わいが特徴で、程よい渋みと酸味、甘口から辛口まで、あらゆるシチュエーションや食事にも合うワインとして親しまれています。
また、ランブルスコ種のブドウは収穫量が豊富なため、多くのワインを生産することができます。その手軽さから、「イタリアン・コーラ」とも呼ばれたこともあるのです。
2000年以上前から栽培されているランブルスコは、そのリーズナブルさが魅力の一つです。しかし、近年では、良質なランブルスコの生産に力を入れているワイナリーも増えています。
今回、私が訪れたワイナリーでは、残念ながらブドウの収穫時期のため工場見学はできませんでしたが、直売所には足を運ぶことができました。
このワイナリーでは、ブドウの栽培方法によって生まれる異なる味わいを楽しめるよう、甘口から辛口まで4つの種類のランブルスコが用意されています。もちろん、テイスティングも可能。その繊細な味わいの違いを楽しんでみることができます。
価格も1本10ユーロ(1,639円)からと手ごろで、しかも本場のランブルスコ。ついつい種類ごとに購入してしまい、スーツケースのスペースに余裕がなかったことを後悔する瞬間でした(笑)。
「侯爵の酢」として重宝された『バルサミコ酢』
日本でもイタリア料理が普及するにつれ、バルサミコ酢は一般的な食材として広まりました。実は、このバルサミコ酢の原産地はエミリオ・ロマーニャ州だとご存じでしたか?
特にエミリオ・ロマーニャ州のモデナやレッジョ・エミリア周辺で生産されたバルサミコ酢は、ブドウの種類や12年以上の熟成期間など、厳格な規定に基づいた製法で作られます。これが「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」(伝統的なバルサミコ酢の意)として名乗ることができ、25年熟成されたバルサミコ酢は、わずか100mlで2万円以上もの高値で取引されることもあります。
11世紀には、モデナの侯爵が当時のローマ法王へ贈答したことが記録に残っており、「侯爵の酢」とも呼ばれています。特にこのバルサミコ酢は、ポリフェノールの含有量が黒酢の3倍、ワインの10倍で、万病予防や健康効果が高いとされています。
私もこの旅行中、パスタや肉料理、ジェラートなど、甘いものもたくさん食べすぎたので、「こんな美味しいものがある国に住む人々の平均寿命は長くはないのだろうなぁ」と不思議に思いました。しかし、意外にも、イタリアは世界第8位の長寿国だったのです(ちなみに日本が1位)。きっと、ワインやオリーブオイル、そしてバルサミコ酢が食生活に浸透しているからこそ、健康に恵まれているのでしょう。
私が訪れた工場は、おじいちゃんとおばあちゃんが営む一家経営の場所でした。ちょうど9月中旬だったこともあり、幸運にもブドウのジュースを煮詰める作業(モストコット)を見学することができました。
この煮詰めたジュースは、厳選されたオークや栗の木の樽に3分の2程度入れられます。樽にジュースを一杯に詰めないのは、空気と接触させて酢酸発酵を促すためだそうです。その後、ジュースを詰めた樽は屋根裏部屋で熟成されます。ワインとは異なり、温度管理はあまり行われず、夏の暑い時期に発酵を促進し、冬の寒い時期には樽を入れ替えます。発酵と蒸発によって、樽の中のジュースの量が減っていくため、毎年1年ごとに樽を一回り小さなものに入れ替えるとのことです。
熟成期間が進むにつれ、樽も小さくなっていくので、25年ものの熟成を経たバルサミコ酢の樽は、まるでおもちゃのように小さくなっていました。手間暇をかけて作られたバルサミコ酢が高価なのも納得です。
見学の後は、バルサミコ酢のテイスティングが行われました。12年物の一般的なものから、25年のビンテージはもちろん、くるみの果実酒(ルチーノ)や煮詰めたブドウジュース(サバ)なども購入できます。
幻の生ハム 『クラテッロ』
生ハムと一口に言っても、部位や製法、造られた場所によって様々な種類が存在します。中でも、生ハムの最高峰として高く評価されているのが『クラテッロ』です。
この地域はアルプス山脈などに源流を持つポー川の流域で、年間を通じて霧の発生率が高いそうです。実は、この「霧」こそが、美味しいクラテッロづくりに最適な条件を提供しているのだとか。
私が訪れた地下室の貯蔵庫では、驚きとともに、おびただしい数の吊り下げられた生ハムが見られ、高い湿度を感じました。
吊り下げられたお肉は、塩漬けにしてから膀胱に詰め込み、紐でハチの巣状に縛り上げられています。クラテッロに使用される部位は、豚のお尻の部分なので、豚1匹からはこのお肉2つ分しか取れないのだそうです。
貯蔵庫に併設されたレストランでは、スライスしたばかりのクラテッロを堪能することができました。私は1年半熟成させたクラテッロから、2年物、3年物、そして「前太もも」と呼ばれる部位から作られたフィオケット、パンチェッタ(豚のバラ肉の生ハム)、さらにはサラミ(豚のひき肉)やコッパ(肩ロース)の生ハムを試しました。
口に運ぶと、豚の脂分がまろやかにとけ出し、肉特有の臭みが一切感じられず、上品な香りがゆっくりと広がっていきます。まとわりつくような感じもせず、後味にはほのかな余韻が残ります。そのため、ほかの食材と混ぜたりするのではなく、ワインのなどのお供として賞味することが、クワテッロ本来の美味しさを最大限に引き出すための食べ方かもしれません。
残念ながら、日本へお土産として生ハムを持ち帰ることはできません。そのため、本場の美味しさを舌と心に深く刻んでおきましょう。
美食の街・パルマを散歩
クワテッロ工場のレストランでの昼食の後、列車まで時間があったので、パルマの旧市街を軽く散策しました。
パルマは、ボローニャとミラノの中間に位置し、16世紀から19世紀にかけてパルマ公国の首都として繁栄しました。この街は、ファルネーゼ家が残したパルマ大聖堂やピロッタ宮殿など、中世の美しい都市景観が特徴です。歴史ある街でありながら、規模は小さく、1~2時間で十分に散策できる魅力的な場所です。
また、美食の街としても知られており、お土産を買うのに最適な場所です。世界的な食品会社であるパルマラットやバリッラの工場があることでも有名です。
パルマでの散歩を楽しんだ後は、ミラノ行きのイタロに乗るためにレッジョ・エミリア駅に向かいました。この日、私はボローニャからの専用車ツアーに参加していましたが、宿泊先がミラノだったため、ツアーが終わった後、レッジョ・エミリア駅でおろしてもらいました。レッジョ・エミリア駅からミラノ駅までは約45分の距離です。
ミラノからのアクセスも便利なので、ミラノから日帰りでエミリオ・ロマーニャ州の専用車ツアーに参加するのもおすすめです。
まとめ
いかがでしたか?
1 パルミジャーノ・レッジャーノ
2 ランブルスコ
3 バルサミコ酢
4 クラテッロ
というエミリオ・ロマーニャ州を代表する食材の4つの工場を巡った様子をお届けしました。
今回は、美食に特化した行程でしたが、エミリオ・ロマーニャ州は食事だけでなく、モーターバレーとしても知られ、スポーツカー愛好家にとっての聖地です。フェラーリやランボルギーニ、マセラティ、パガーニ、ドゥカティなど、世界的に有名なスポーツカーメーカーが本拠地を置くエリアとしても知られています。そのため、スポーツカーの工場や博物館を巡るプランも人気があるそうです。
まだまだ奥深い、エミリオ・ロマーニャ州。奥深く、魅力的な場所であり、一度訪れるだけでは全てを堪能しきれないほどです。訪れるごとに、さらなる驚きと発見が待っていることでしょう。