目次
「世界最後の秘境」と呼ばれる場所は数あれど、この言葉にふさわしい国はパプアニューギニア以外そうないでしょう。
パプアニューギニアという国が現在のようにその存在を多くの人に知られることとなったのは1950年代後半。オーストラリア統治時代に行われたゴロカショー(部族が各伝統のシンシンを踊り続け競い合う祭り)がきっかけでした。それでも発見されたのはごく一部の部族たちだけで、内陸部の地域では険しい山々やジャングル、マラリアが行く手を阻み、60年代まで欧米諸国に「発見」されることのなかった部族もいるそうです。
つい半世紀前まで、石器時代のような暮らしをしていた人々がいたなんて驚きですよね。こちらの記事では知られざる魅力溢れるパプアニューギニアをご紹介していきます!
パプアニューギニアってどんな国?
パプアニューギニアは地理的には日本の約5000キロ南、オーストラリアの北、ソロモン諸島の西、インドネシアの東、ミクロネシア連邦の南に位置する、南太平洋にあるニューギニア島の東半分及び周辺の島々からなる立憲君主制国家です。
ちなみにニューギニア島は赤道直下に東西に広がる、世界で2番目に大きい島で(1番目はグリーンランド)、西半分はインドネシア領となっており、いまだ領土問題は未解決のままです。
続いて気候に関してご紹介します。
赤道直下のパプアニューギニアは熱帯モンスーン気候に属しており、年間を通じて高温が続きます。しかし地形に富んだパプアニューギニアでは地域によってその気候は大きく異なります。年間の平均気温は沿岸部では日中34℃で朝晩は24℃、高地では日中28℃で朝晩は14℃となります。季節は11月から4月の雨季と5月から10月の乾季に分かれています。雨季でも雨が一晩中振り続けるわけではないのですが、乾季の時期のほうが観光には向いていると言えるでしょう。
パプアニューギニアへの行き方
日本からパプアニューギニアの行き方で最もメジャーなのがニューギニア航空の直行便です。ただし2020年5月にコロナウイルスの影響によりニューギニア航空は日本からの直通便の撤退を発表しました。コロナ明けにパプアニューギニアの旅行を考えていた方には非常に残念なニュースですよね。。。
直行便以外のパプアニューギニアへの行き方はオーストラリアやフィリピン、シンガポール乗継ぎなどです。近い将来、日本から行く方が増えて、直行便がいち早く復活するといいですね。
ちなみに標高の低いエリアに関してはマラリアの危険性もありますので、必要に応じてマラリア予防薬も事前に日本で購入の上、お持ちください。
パプアニューギニアへのツアー
パプアニューギニアへの団体旅行は種類が少なく、方面も限られますので、できれば日本でご自身の希望に合うプログラムを組んでもらって旅行するほうがいいでしょう。
特にパプアニューギニアの国内線のフライトはスケジュールの変更が比較的多いので、直前のトラブルに対応できるようにプロにプランニングしてもらうのが得策です。
目的別に大別すると、少数民族に会いに行くなら「ゴロカ」、ダイビングに行くなら「マダン」「ケビエン」、戦跡を見に行くなら「ラバウル」、より深いカルチャーを体感するなら「セピック川流域」に足を運ぶことをお勧めします。
こちらの記事では続けて訪れるべきいくつかのエリアにスポットを当ててご紹介いたします。
まずはここから!パプアニューギニアの玄関口・ポートモレスビー
誰もがパプアニューギニアにて最初に降り立つ街・ポートモレスビー。パプアニューギニアの首都で、最大都市でもあります。空港近くや海岸線に沿って巨大な建物が立ち並ぶ様子から、「伝統文化と風習が世界の経済圏から取り残された国」というイメージはここにはありません。
それもそのはず天然資源の輸出が、パプアニューギニア経済の中心です。巨大な工場からはこの国が豊富な資源によって豊かさを獲得していることを伺えます。
そのような状況からポートモレスビーでは見るべきものはないのでは?と思われるかもしれませんが、「精霊の家」をかたどった国会議事堂など公官庁が点在するワイガニ地区や大型スーパーマーケットが建つ商業栄えるボロコ地区は、パプアニューギニアの「今」を知るために是非訪れてほしい場所です。また空港近くのアドベンチャーパークでは、パプアニューギニアの国旗にも描かれている極楽鳥を近くで鑑賞することができます。
立ち寄って観光して欲しい街ではありますが、国内から様々な人達が集まる都会ですので犯罪率も高いエリアです。必ずツアーに参加してガイドとともに巡ってください。
パプアニューギニア観光の中心地・ゴロカ
パプアニューギニアに訪れるのであれば、個人的に必ず訪れてほしい街がゴロカです。
標高1600mの盆地に位置する交通の要所であるゴロカは、毎年9月に行われる国内最大のフェスティバル「ゴロカショー」の開催地であり、近郊にはマッドマンが住むアサロ渓谷や奇岩がそびえるケマセ村、チンブー地方の伝統的な風習など、バラエティーに富んだ文化・風習を持つ少数民族が数多く住んでいます。
その為、旅行会社や外国人向けのホテル、レストランなど観光に欠かせない施設が多数あり、パプアニューギニアにおける最大の観光拠点といっても差し支えないでしょう。
ゴロカの観光資源は少数民族だけではありません。ゴロカはコーヒーの特産地であり、コーヒー農園の見学も可能です。またパプアニューギニア最高峰4509mウィルヘルム山の出発地としても知られており、トレッキング愛好家にもたまらない場所となっています。
あの超有名漫画家も滞在していた!?日本人にもなじみ深い村・ラバウル
日本人であれば、ラバウルの名前を聞いたことがある方も少なくないはずです。1942年、第二次世界大戦中に日本軍が南方作戦の本拠地として進出したのがこのラバウルです。
戦局の悪化につれ、その拠点としての重要性は徐々に失われていきますが、終戦まで日本軍が占領してた経緯を持つ場所ですので、終戦後もしばらくは生存者が残っていた場所でもあります。
ラバウルの生存者の中で最も有名なのはあの「ゲゲゲの鬼太郎」の漫画家・水木しげるです。水木しげるはラバウルの原住民であるトライ族と交流し、それが後の作品作りに大きな影響を与えたことは言うまでもありません。
そんなラバウルには日本でも滅多に見ることができない、日本軍の遺留品や戦跡が残されています。周辺の海には数多くの輸送船や戦闘機などが沈んでいますのでレックダイビングのメッカとしても有名です。
精霊の住処 パプアニューギニアの最深部・マプリック
広大なパプアニューギニアにおいて、現在も太古の昔から変わらぬ生活をしている部族が多いのがセピック川周辺です。パプアニューギニアのアマゾン川とも呼ばれているこのセピック川は全長1126㎞。ニューギニア島の中央付近、インドネシアとの国境付近から発し、湿地帯を蛇行しながらビスマルク海へ注ぎます。
古くからの習慣やしきたりをいまだ大切に守っているセピック川の沿岸の村の中でも、マプリック村は必見です。この村には諸星大二郎の漫画「マッドメン」のモデルになったハウスタンバラン(精霊の家)があることでも知られています。漫画を知らずとも数あるハウスタンバランの中でもマプリックのものが装飾的にも一番見事で、その圧倒的な大きさと佇まいは誰もが神聖さを感じるはずです。
以上、パプアニューギニアの一部を紹介してきましたがその魅力はまだまだ語りつくせません。日本からそこまで地理的に離れていない国なので、是非旅行者が増えてほしいと願っています。訪れる人誰しもがその美しい風景と太古の昔から変わらない生活、そして素朴で明るいパプアニューギニアの人達に癒されることでしょう。